最初の頃は、約40㎞としか決められていなかったんですよ。
第4回のロンドンオリンピックにて、
市街地42kmに、競技場の200mのトラックを
一周弱という42.195kmの数字となりました。
なんで市街地42kmと競技場の200mのトラックを
一周弱で42.195kmに決まったのでしょうか?
フルマラソンの距離って
一体誰がいつ、決めたのでしょう。
なんであんなに
中途半端な距離になっているのでしょうか。
中途半端な距離だからこそ、
フルマラソンは42.195kmと
印象に残っている人も
多いのではないでしょうか。
マラソンの語源とは?
マラソンの語源とは、
紀元前のギリシャ軍兵士が
マラトンの戦いで
ペルシャの大軍を奇襲で撃退。
その勝利報告のために伝令役の兵士が
マラトンからアテネまでの
距離を走り、
「我勝てり」
と勝利を報告した
という故事に由来しています。
その勝利を報告した兵士は、
使命を果たして力尽き、
絶命してしまったと
言われています。
その時、この兵士が
走った約40kmを
1896年の第1回オリンピック
(アテネで開催)で
走ったのがマラソンの起源だと
伝えられています。
また、42.195kmの由来は
別にあると言われています。
フルマラソンが42.195kmになった由来とは?
マラソンが競技として実施された当時は、
約40kmという曖昧な決まりで
大会が行われていたのです。
その後の第4回の
ロンドンオリンピックにて、
市街地42kmに、
競技場の200mのトラックを
一周弱という42.195kmの数字となりました。
この距離が第8回の
パリオリンピック以降、
正式な競技距離として
採用されたのです。
なぜ、この42.195kmという距離が
採用されたかというと、
時のイギリス王妃・
アレクサンドラが
「スタート地点は宮殿の庭で、
ゴール地点は競技場のボックス席の前に」
と注文をつけたからという説が有力なようです。
日本における初めてのマラソン大会はいつ?どのように開催されたの?
日本におけるマラソンは、
1909年3月21日に
神戸市で開催された
「マラソン大競争」です。
距離は約32kmの片道コースで
参加申込は408人、
体格試験によって
120人にしぼられました。
さらに、予選が実施され
最終的な本選は20人でした。
優勝者は、岡山県の軍人の方で
タイムは2時間10分54秒でした。
メモ
2020年2月現在の
世界歴代タイムは、
男子が2時間01分39秒
女子が2時間14分04秒
となっています。
最後に
ポイント
マラソンの起源は
マラトンの戦いで
ペルシャの大軍を奇襲で撃退し、
その勝利報告のために伝令役のギリシャ軍兵士が
マラトンからアテネまでの
距離を走り、
「我勝てり」
と勝利を報告した
という故事に由来
その時、この兵士が
走った約40kmを
1896年の第1回オリンピック
(アテネで開催)で
走ったのが起源だと
伝えられています。
その後の第4回の
ロンドンオリンピックにて、
市街地42kmに、
競技場の200mのトラックを
一周弱という42.195kmの数字となりました。
この42.195kmという距離が採用された理由は、
時のイギリス王妃・
アレクサンドラが
「スタート地点は宮殿の庭で、
ゴール地点は競技場のボックス席の前に」
と注文をつけたからという説が有力なようです。
そう考えると
フルマラソンの距離の由来って
昔は距離が曖昧だし、
42.195kmの距離も
不思議な決まり方で
面白く感じてしまいますね。
マラソンの由来を知り、
今では各地域で開催されているマラソン大会。
中には、ちょっと変わったマラソン大会もあるので
様々なマラソンにこの機会に
参加してみるのもいいかもしれませんね。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。